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2017-08

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FALCONRY

鷹狩りとは


鷹狩りとは鷹を捕獲する行為ではなく、訓練した鷹やハヤブサ等を使い、法律で定められている狩猟鳥獣(カモ、キジ等の鳥類や野ウサギ)を捕獲する行為を言い、猛禽類の持つ本能を利用しつつ、禽と人間が一緒になって行うスポーツです。

現在、日本全国で鷹狩りを行っている人の数は、およそ150人程度だと思われ、諸外国の鷹狩り人口に比べて圧倒的に少ない数字で、日本における鷹狩りの認知度はまだまだ低いのが現状です。

狩猟の効率性から考えれば、鷹狩りより銃を使った狩猟の方がはるかに効率的ですし、鹿や猪など大型の獲物まで仕留める事が出来ます。この事からも分かるように、鷹狩りは獲物の種類や捕獲数だけを目的としているわけではありません。

また、猛禽類は高価であり、訓練には時間と忍耐力も必要となってきますし、専門的知識も必要です。適切な食物や飼育環境、家族の理解も得なければなりませんので、これから猛禽類の飼育、または鷹狩りを始めようと思っている方には、少々ハードルが高いように思えるかもしれませんが、それ以上に鷹狩りは魅力的なスポーツだと言えます。








鷹狩りの歴史


鷹狩りは紀元前4000~4500年頃に中央アジアで始まったとされています。 中国では新疆ウイグル自治区のアクチ県が鷹狩りの里と呼ばれており、ここではキルギス族が暮らし、何世代にも渡り鷹狩りの技が伝えられています。1991年当時でも、ここには400戸の放牧民が暮らし、どの家でも鷹を飼育し狩猟を行っており、現在のアクチ県では、原始的な鷹の飼育方法が完全に保存されているようです。中央アジアで始まった鷹狩りは、トルキスタン人によってペルシャに伝えられ、やがて紀元前400年頃になると、貴族や聖職者などによって、ヨーロッパ中に広められて行き、13世紀には最盛期を迎えます。

日本における鷹狩りの歴史は、日本書紀によると西暦355年、百済の渡来人酒君が鷹を調教し、仁徳天皇がその鷹を用いて大阪の百舌野で狩をしたのが公式の鷹狩の歴史の始まりとされており、以来、鷹狩は皇族や将軍家等が保護して、その伝統を守って来ました。

江戸時代になると、将軍家は江戸とその近郊に遠大な鷹場を設け、鷹匠役所を置き、鷹狩りに関する法律を定める。 例えば各藩では、鷹が繁殖する巣のある場所に鷹匠奉行を任命し一般人の立ち入りを禁止、そして良い鷹が捕れると将軍家に献上したようです。将軍家では献上された鷹を鷹匠が調教し、その鷹を用いて殿様が狩りをし、獲れた獲物はその鷹を献上した大名に下げ渡すという慣わしがありました。そのため全国的に鷹を保護し、江戸時代末期でも、御巣鷹山等と名前の付いた保護区は、全国に400箇所を数えたと言われています。

明治時代になると、宮内省で、欧州からの賓客の接待に行われる鴨猟の網から洩れた鴨に鷹を使うようになりますが、戦後は叉手網だけの猟になり、鷹は次第に使われなくなり現在に至っています。








鷹狩りと法律


猛禽類を飼育、または鷹狩りを行うに当たって、関わってくる法律としては以下の4つの法律が上げられます。

・鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関する法律
 (鳥獣保護法)
・動物の愛護及び管理に関する法律
 (動物愛護法)
・絶滅のおそれのある野生動物の種の保存に関する法律
 (種の保存法)
・特定外来生物による生態系等に関わる被害の防止に関する法律
 (外来生物法)

鳥獣保護法によると、法定猟具(銃、わな等)ではなく、また、使用を禁止(つりばり、弓矢等)されてもいない道具を非法定猟具(自由猟具)と呼びます。
現行法の中に「放鷹」(鷹狩りの法律用語)と明記されている条項は存在しないので、鷹狩りは鷹(非法定猟具)を使用した捕獲行為(自由猟法)として位置付けられます。
鷹は法定猟具ではないので、狩猟免許及び狩猟登録は必要ありませんが、猟期、捕獲規制区域、狩猟鳥獣の捕獲数の制限等は適用されます。



















































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